断想さまざま

山村浩(哲学・大学非常勤講師・藤枝市在住・宇久村宏=ペンネーム)の日々の断想です。

旅人と旅好き~湯川秀樹の自伝『旅人』(5)

 ある日の夕方、研究室を出た琢治が銀杏並木を抜けて歩いてゆくと、ふいに後ろから声をかけられた。秀樹の中学の校長をやっている森外三郎だった。ふと或る考えが彼の心にひらめいた。この校長に相談してみるのが一番よいかもしれないと。

「あなたは、僕の三男、秀樹のことをよく知っていらっしゃるか?」
「ええ、よく知ってますよ。」
(中略)
「あの子をどういう方面に進めたらいいかと、実は少し迷っているのだが……」
「どういう方面に、というと?」
「つまり、普通に高等学校から大学へ進ませようか、それとも……」
「……」
「それともどこか、専門学校でも選ばせようかと……」
(中略)
「小川さん」
と、森校長は言った。
「なんでそんなことをあなたが言い出されるのか、私には納得がいかない」
「……」
「秀樹君はね、あの少年ほどの才能というものは、滅多にない」
「いやあ……」
「いや、待って下さい。私が、お世辞でも言うと思われるなら、私はあの子をもらってしまってもいいです」
「……」
「私はあの子の教室で、数学を教えたことがある。秀樹君の頭脳というものは、大変、飛躍的に働く。着想が鋭い。それが、クラスの中で、とびはなれている。ほかの学科については、成績表を見る以上にくわしくは知らないが、数学に関する限り……こういう言い方はおきらいかも知れないが……天才的なところがある。これは私が保証する。将来、……いや、将来性のある子だ。あなたが今まで、それが分からずにいたとは、思わないが……」