断想さまざま

山村浩(哲学・大学非常勤講師・藤枝市在住・宇久村宏=ペンネーム)の日々の断想です。

2012-07-01から1ヶ月間の記事一覧

村祭りから渋谷センター街まで(日本の景観 その6)

ところで中島氏は、そうした駅前商店街的な猥雑さを、日本人の心の原風景といえる「祭り」とのつながりから考察している。 (前略)鎮守の村祭りのひっそりした太鼓や笛の音から、スピーカーによる耳をつんざく盆踊りまでたった一歩であるように、裸電球が揺…

「うち」と「そと」(日本の景観 その5)

前回、景観改善をめぐる知識人の提言が、なぜ住民や行政に届かないのかということについて書いた。しかしそのこととは別に私は、日本の景観が、いわば内在的な理由から改善困難なのではないかと考えている。少なくとも西欧的な意味での「美観」を阻むものが…

翻訳大国ニッポン

ここ数回、「景観」をテーマに記事を書いてきた。実はまだもう少し続きがあるのだが、今回は息抜きを兼ねて別の話題にしたい。 私は人文系の大学院を出ていて、いわゆる研究職というものをやっている。一般社会からすれば浮世離れして見えるこの業界だが、そ…

異化と景観(日本の景観 その4)

ロシア・フォルマリズムに「異化」という概念がある。たとえば日常会話などで使われる言語は、コミュニケーションの「道具」であり、何かを相手に伝えるための「手段」である。そこでは言葉は、いわば手垢にまみれた状態で使用されている。ロシアフォルマリ…