断想さまざま

山村浩(哲学・大学非常勤講師・藤枝市在住・宇久村宏=ペンネーム)の日々の断想です。

井川ダムへの旅

 今日は大学の授業(Teams)だった。これで全ての大学の前期授業が終了。正直ホッとした気分である。もちろんまだ成績をつける作業が残っているけれど、ともかくも一段落ついた。
 ふだんの年だと授業期間が終了した直後に、信州の方へ小旅行をしていたのだが、今年はその予定はない。その代わり少し前に、夏休み直前というタイミングを見計らって、南アルプスの山懐にある井川ダムへ行ってきた。
 話はちょっと飛ぶけれど、グレン・グールドの若い頃を撮った「オフ・ザ・レコード、オン・ザ・レコード」というフィルムがある。ちょうど一年ほど前、 YouTube にアップされているのを発見して久々に見た。当時グールドは二十代後半で、すでに世界の第一人者の仲間入りをしていたわけだが、映像に出てくる彼は、青年どころか少年といった趣きである。こんな人が、七十代八十代になって老大家として活躍するという様子は、ちょっと想像しがたいが、はたして実際の歴史もそのように進んだわけであった。
 さてそのグールドが、別荘地の湖を背景にインタビュアーに答えているシーンがある。そこで彼は「演奏活動に明け暮れる日々をずっと続けていると、それが当たり前の日常に思えてくる。が、いったんそこから離れると、それがいかに狂った日々だったかがよく分かる。」と話している。
 今回久々に遠出(といっても大した距離はないが)をしてみて、僕もそれと似た感想をもった。 旅をしないで家に閉じこもってる日常は、自分にとっては「狂った日々」なのである。モンテーニュが「毎日馬にまたがって旅をする日々こそ、自分の理想である」と述べている。さすがにそこまでは無理でも、定期的に旅に出ることは、自分にとって必要不可欠なことだと実感した。
 井川ダムへは大井川鉄道を使って行った。大井川鉄道は金谷から千頭までの本線と、そこから井川までの井川線とに分かれる。後者はもともと中部電力の専用軌道だったのが、昭和30年代に大井川鉄道井川線として運用を開始した。今も鉄道資産は中部電力が所有しており、赤字も負担しているのだという。乗るのは観光客だけだから、赤字の額は推して知るべし。ほとんど慈善事業みたいなものであろう。 
 谷の上の断崖を切り開いて作った狭い軌道で、車両もトロッコ列車並みに小さい。わずか25 km の長さなのに、終点の井川まで2時間もかかる。まさしく自転車並みの速度だが、そのぶん自然の中にどっぷりと浸かった旅が楽しめる。
 心配なのは大地震が起こった時のことである。自分が実際に乗車していればひとたまりもないが、そうでなくても、こんな脆弱な軌道がひとたび崩れてしまえば、容易に復旧できないだろう。地震や大雨で壊滅的な打撃を受けた後、そのまま廃線へ追い込まれた鉄道が全国にいくつかある。井川線がそうならないことを祈るばかりである。



千頭駅を少し過ぎたあたりの大井川



長島ダム。このダムができたことで、井川線の軌道を谷の上の方へ移さねばならなくなった。そうしてできたのが、日本で唯一のアプト式区間である。



こちらは井川ダム。半世紀前の昭和三十七年完成なので、古色蒼然としている。



雄大井川湖の眺め



今回は乗れなかったが、無料(!)の遊覧船もある。



こちらは井川線の終点、井川駅。かつては駅前に売店や食堂があり、谷川の水音を聞きながら食事を楽しめたが、今はなくなってしまった。