断想さまざま

山村浩(哲学・大学非常勤講師・藤枝市在住・宇久村宏=ペンネーム)の日々の断想です。

将棋王将戦を観てきた

 今年の一月、掛川王将戦を観戦してきた。以下の記事は、そのとき書いてまだアップしていなかったものである。

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 隣町の掛川で将棋の王将戦第2局を観戦。久保王将と若い豊島六段の対決である。久保王将は目下二冠王、対する豊島六段は今回が初のタイトル戦である。掛川城の一角、二の丸茶屋というところで行われ、大盤解説はちょっと離れた別の建物でやっていた。
 券を買って中に入ると、すでに満席だった。しばらくして青野九段の解説がはじまる。以降終局まで、鈴木大介八段、北浜七段とリレーされたのだが、洒脱な饒舌の青野九段、緻密で雄弁な鈴木八段、ちょっととぼけて茶目っ気のある北浜七段と、それぞれ個性があって面白かった。
 対局のほうは二転三転の上、豊島六段が初勝利をあげた。疑問手もいくつかあり、素人目にも名局とはいいがたかったが、そのかわり押したり引いたりが目に見える戦いで、見ていて楽しかった。
 終局後、立会人の加藤一二三九段にうながされて、両対局者が解説会場のほうへ顔を出した。久保王将は悔しさのにじむ顔をうつむき加減に、貫禄のあるゆったりとした歩調で入ってきた。豊島九段は強いて作った無表情の下に、初勝利の喜びと緊張がふるえている。両者とも疲労と憔悴にまみれながらも、終わったばかりの勝負の熱気を、湯上りの湯客が体から湯気を放つように放射していた。
 終局直後に、対局者が解説会場へ挨拶しにくるというサービスは、ごく最近にはじまったようだが、これは最高のファンサービスであろう。対局者の熱気に、余韻というかたちではあれ生で触れることのできる数少ない機会だからである。将棋には公開対局というものもあり、最近ではタイトル戦でも、ファンサービスで公開対局が行われることがあるのだが、観客を前にしたオープンスペースでの対局と、二日間密室で行われるサシの勝負とでは、熱気の種類もおのずと異なってくる。二日間かけて煮詰めたものを、勝敗の決まった直後に観客にさらしてくれるというのは、それだけでもここまで足を運んだ甲斐があった。