断想さまざま

山村浩(哲学・大学非常勤講師・藤枝市在住・宇久村宏=ペンネーム)の日々の断想です。

私の好きな小説2(デイヴィッド・ガーネット「狐になった奥様」)



 妻が狐に変身してしまった男の話。これは色々な意味でカフカの「変身」と対照的な小説である。
 一方は虫に変身した男の疎外と絶望の物語、他方は妻に動物に変身されてしまった男の疎外と愛の物語。
 一方は人間性の零度を描いた物語、他方は人間性の限界を超えたところで成立する人間性の物語。
 一方ではリアリズムは、世界の否定と欠如を描くことに奉仕し、他方ではリアリズムは、物語的世界の豊饒を実現するのに役立っている。
 しかし何よりの違いは、カフカの小説が「解釈への欲望」を刺激するものであるのに対し、ガーネットのそれは、とびっきり上質の「小説を読む楽しさ」を教えてくれる作品だということであろう。これは言葉の最も深い意味において「古典的」な作品なのである。



 彼女の狐らしい習慣のひとつびとつは、今では彼にとってかけがえのない貴重なものになった。それでもし彼が彼女の死んだことを確実に知って、かりに再婚を考えたとしても、彼は人間の女とでは決して幸福になれなかったろうと思う。ありていに言えば、彼はむしろ馴らした狐を手に入れる算段をしたであろうし、しかもそれを彼としてなしうる最善の結婚だと考えたであろう。(上田勤訳)