断想さまざま

山村浩(哲学・大学非常勤講師・藤枝市在住・宇久村宏=ペンネーム)の日々の断想です。

私の俳句体験

 とある俳句の会に入って何年かになる。敷居が高いような気がして最近は足が遠のいているが、以前に何回か句会というものに参加した。貸切の部屋にみんなで集まり、その場で句を作ってゆくのである。
 句会に先立って吟行というものをやる。たとえば都内なら、庭園や公園といった自然のある場所へ行き、句の材料を書きとめていく。そうして得られた素材は、そのまま句会の題材となる。
 私は生の自然よりも歳時記を活用するタイプで、歳時記をめくりながら頭の中にある記憶のイメージをたぐり寄せてゆく。だから句会だろうが自宅の書斎だろうが、やっている作業に変わりはないのだが、どういうわけか一人でやるよりは、みんなと一緒にやるほうが作りやすい。なんとはなしに普段より頭がよく働くのである。
 どうやら、みんなと一緒にいることで、他人が発散する思考のエネルギーのようなものを受け取っているようなのである。人間の感情というものは感染する。一生懸命に考えている人たちからは、意気込みや集中心がビンビン伝わってくるもので、そういう目には見えない力が、ふだんはぼうっとしている私の脳ミソを活性化してくれるようなのだ。
 「三人寄れば」という諺がある。が、もしかしたら話し合いや相談の効果よりも、じつは一生懸命に考えている人間が複数集まるということのほうが大切なのかもしれない。