断想さまざま

山村浩(哲学・大学非常勤講師・藤枝市在住・宇久村宏=ペンネーム)の日々の断想です。

8月13日(グリンデルヴァルト~インターラーケン)

 朝のシャワーを浴び、ベッドの前で荷物を整理していると、同じ部屋の女性から「おはようございます」と日本語で声をかけられた。びっくりして訊き返すと、彼女はローザンヌ出身で、昨年、四国へ旅行に来ていたのだという。スイス人ながらインターラーケンは初めてで、今日は6時間のトレッキングをするとのことだった。私が日本人であるのをどうやって知ったのかは訊かなかったが、たぶん昨夜、私が同室のアメリカ人と話していたのを聞いていたのであろう。
 いったん駅へ出てから、バスでグロース・シャイデックへ。ここからバッハアルプ湖という山上の湖への短いハイキング。以前の記事でも書いたが、フィレンツェで足を痛めたために無理ができない。5泊もしたインターラーケンでの最終日だったが、その間、ついに本格的なトレッキングはできなかった。このコースも眺望は素晴らしいが、トレッキングというには程遠い平坦な「散歩道」である。
 湖からはピストンコースで戻って「フィアスト」というロープウェイの山頂駅へ。途中、遠くの山で雪崩が起きるのを何度も見た。ロープウェイの山麓駅に下り、ふたたびグリンデルヴァルトの駅へ戻る。時間的に中途半端になってしまい、フリーパスを使って別のロープウェイに乗ろうとしたが、行ってみたら何とフリーパスは使えないとのこと。仕方なしにバスでホステルへ戻り、荷物を受け取ってまたグリンデルヴァルトの駅へ。クライネ・シャイデック経由でインターラーケン方面へ下りることにした。
 クライネ・シャイデックで乗り換え、ラウターブルネン方面の列車に乗り込んだ。しばらくして同じボックスに座っていた老夫婦が私に話しかけてきた。向かいに座ったときから、何となくドイツ人夫婦のような気がしていたのだが、じつはアメリカ人だった。しかし夫はドイツ生まれで、ドイツ語も少し喋れたから、私の見立てもあながち違ってはいなかった。
 ときどき奥さんのほうが、思い出したように書き物をしている。何を書いているんですかと訊ねると、旅の備忘録だという。写真は撮らないんですかと訊くと、「何もかも写真におさめるわけにはいかないから」と笑いながら答えた。二人とも品のある穏やかな性格で、相性もぴったりという感じだった。言葉や態度の端々に相手への無言の信頼がにじみ出ていて、そこに若いころの愛情の強さが透かし絵のようにくっきりと浮かび出ていた。見ていてうらやましくなるほどだった。
 二人とはラウターブルネンの駅で握手をして別れた。そこから一路、ヴィルダースヴィール駅へ。泊まるのは三日前に泊まったのと同じホテルである。ホテルの玄関で荷物を整理していると、何かと世話になっていた宿のおばさんに見つかり、「あら、今日が帰ってくる日だったのね。」と声をかけられた。「ただいま」と答えて、半開きの荷物を抱えたままホテルの中へ入った。


(バッハアルプ湖へのハイキングコースにて)


(滝のように見えるが、実は雪崩である。)