断想さまざま

山村浩(哲学・大学非常勤講師・藤枝市在住・宇久村宏=ペンネーム)の日々の断想です。

卒業する学生に本を勧めるとしたら?

 前回の記事の付け足しである。
 私は『ガリヴァー旅行記』のスウィフトが、総体としての人間批判を行ったと書いた。実際に読んでいただければお分かりになるが、スウィフトは、人間性にひそむ底なしのエゴイズムや貪欲、虚偽、卑劣、攻撃性といったものを、ヤフーという種族のありように託して描いている。
 私は映画には詳しくないけれど、たとえばハリウッドの映画で「邪悪な異星人の侵攻に立ち向かう地球人」というのは、とりたてて珍しいストーリーではないだろう。しかし「善良な異星人を侵略する邪悪な地球人」というテーマの映画はおそらく存在しないのではあるまいか。この場合の「地球人」というのは、一部の暴走した人間ではなくて「総体としての人類」である。
 むろんこうした想定はファンタジーに過ぎない。だが現実的な条件を一切無視して、純粋に論理的に考えるとしたら、これは「ありうること」ではないだろうか。『ガリヴァー旅行記』の作者だったら「人間ならやりかねない」と言うのではあるまいか。実際人類は、ほんの百年ほど前まで、仲間内でこれと同じことを、ほとんど地球規模で日常的に行っていたのである。現代日本でも、他人を食い物にすることはもはや「当たり前の行為」となりつつある。しかも単に個別の行為においてではなく、人々の価値意識のレベルにおいてである。
 さて話は変わるけれど、大学を卒業し、実際にそんな世の中へ出てゆく学生に、何か一冊本を勧めるとしたら、一体どんなものがいいだろうか。同じく古典的小説の中から、私はバルザックの『谷間の百合』の中にあるモルソーフ夫人アンリエットの手紙を挙げてみたい。これは「悪」の研究というよりは具体的な処世のアドバイスだが、この上なく真率な愛情に満ちており、その意味で卒業してゆく四年生に読んでほしいと思わせるのである。