断想さまざま

山村浩(哲学・大学非常勤講師・藤枝市在住・宇久村宏=ペンネーム)の日々の断想です。

猫に会った話(3)

 年内の授業は先週で終わった。一年前、正月に早咲きの梅が咲いているのを見てびっくりしたことがあったが、今年は去年以上の暖冬で、12月に入ってからも、昼間は半袖で過ごせるような日が何度かあった。ひょっとしたら今年は年内に梅が見られるかもしれないと思いつつ先日、見に行ってみたら咲いていた!こんな体験は初めてである。
 今日は冷たい雨で、年始にかけて寒波が到来するという。やっと本格的な冬になりそうな気配である。

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 さて猫の話である。今いる部屋へ引っ越してきたとき、裏に二匹、野良猫が住みついていた。別の住人がエサをやっていて、人間に近づかないというわけではなかったが、さすがに飼い猫のようになついているわけではなく、ちょっと距離を置いて人間とつき合っているという感じだった。
 それでも一匹のほうはじきに私になついた。私が散歩に出ると後ろについて来るまでになった。近所の公園へ行ってランニングをすると、横で一緒に走る。利口な猫で、「おいで」と呼ぶとちゃんと走ってくる。道路を渡る時には左右を確認してから(!)渡るのであった。エサやりはしないことに決めていたが、別の住人が不定期にしかやらず、ひもじくて生ごみをあさったりしていたので、その内に私もこっそりあげはじめた。
 もう一匹の猫のほうは、どういうわけか一向に私との距離が縮まらなかった。別の猫(つまり私になついている方)がエサを食べていても、離れたところに立ってじっと眺めている。(もちろんあとでこっそりやって来て食べるのである。)何よりも不思議だったのは、何か月経っても一度も鳴き声を立てないことであった。全然鳴かないので、声が出ないのではないかと思ったくらいであった。
 ある時、もう一匹の猫(私になついている方)が病気になった。車の下や茂みの奥にひそんだままじっとしている。エサも食べない。水はどこかで飲んでいるのかもしれないが、少なくとも私のところへはやって来なかった。
 キャットフードでは喉を通らないのかもしれないと思って缶詰を買ってきた。ドアの前で缶詰を小皿にあけ、持っていってやろうとすると、すぐそばで猫の鳴き声がした。腹の底から絞り出すような、あるいは壊れた楽器を無理に鳴らしたような、しわがれた異様な鳴き声であった。見るとそこに例の猫がいた。病気の猫のほうが気になっていて気づかなかったが、私が缶詰を開けるのを横で坐って見ていたのである。普段のキャットフードとは違う強い匂いに、思わず我を忘れたのだろう。あるいはいつもと違って、もう一匹がいないというシチュエーションが功を奏したのかもしれない。とにかく彼は鳴いた。ひとたび鳴くと、しきりに鳴き声を上げて私にエサをねだった。私は缶詰の半分をこちらの猫にやることにした。


十二月の早梅


青々とした土手には花まで咲いて、まるで春のようである。