断想さまざま

山村浩(哲学・大学非常勤講師・藤枝市在住・宇久村宏=ペンネーム)の日々の断想です。

猫に会った話(4)

 ちょっと間があいてしまったが、前々回の記事の続きである。
 ずっと鳴かなかった猫が、ある出来事をきっかけに初めて鳴いたというところまで書いた。その猫はすでに避妊手術をしてあった。たぶん誰かが、家で飼えなくなったのを捨てていったのだろう。あるいはどこかの地域猫が流れてたどりついたのかもしれない。いずれにせよこの猫は、さかりがつくことがなかった。
 猫が鳴くのは飼い主に対してか、別の猫に対してであろう。むろん他のケースもあるだろうが、可能性としてはほぼこの二つに限られる。別の猫に向かって鳴くというのは、さかりがついた時か、さもなくばケンカをする時である。この猫にはケンカで尻尾を噛み切られた跡があったが、私の知る限り、ケンカをしているのは見たことがなかった。ときどき乱暴な野良猫集団が流れてきて騒ぐことがあったが、そんな時この猫は、さっさとどこかへ隠れてしまい、ついぞ争いに巻き込まれたことはなかった。
 飼い主もいなければさかりもなく、ケンカもしないとしたら、鳴く機会はゼロに近い。おそらく彼はずっと鳴いていなかったのである。ひょんなことから久々に鳴く必要に迫られたわけだが、いかんせん長いこと鳴いていないから、上手く鳴けない。それがああいう、壊れた楽器をかき鳴らすような異様な鳴き声になったのであろう。(ちなみにその後は普通に鳴くようになったが、しゃがれたような声は最後まで直らなかった。)
 ちなみにもう一匹の猫(すでに私にないついていた方)は手術していなかったけれど、間違いなく元は飼いネコである。こんなことがあった。この猫ははじめの頃、なぜか私の足にしがみついてよじ登ろうとする癖があった。ズボンをボロボロにされたくないので叱ったら、二度とやらなくなった。(驚くほど物わかりの良い猫であった。)それからしばらくして、公園で運動をした後ベンチに座っていたら、私の膝へ飛び乗ってきた。そのまま寝るかと思いきや、肩までよじ登って私に抱きつき、しきりにほおずりをして甘えた。生粋の野良猫は絶対にこんな仕草をしない。
 このことに限らずひどく甘えたがりの猫で、夜は散歩に連れて行ってくれとせがむし、私が出かけようとするとドアのところへ飛んできたりした。はじめの内はどこまでもついて来るので(元の飼い主に捨てられた時のトラウマが残っていたのかもしれない)、走って振り切らねばならなかったが、じきに理解して建物の入り口で立ち止まるようになった。そのままそこに佇み、じっと私を見送っていた。
 この猫はその後、里親が見つかって貰われていった。別れの悲しさは今思い出してもつらいくらいである。この猫との間には、一篇の小説になるくらい色んなドラマがあったけれど、長くなるのでここでは割愛する。記事の主人公はもう一匹のほうである。