断想さまざま

山村浩(哲学・大学非常勤講師・藤枝市在住・宇久村宏=ペンネーム)の日々の断想です。

家山梅園探梅記

 今年度の授業が全て終了した。成績もつけ終わってほっと一息である。
 芸大の最終週には、ドイツ語の先生方と連れ立って根津にあるカフェへ行ってきた。奥まったところにある小さな店で、車の音も聞こえない。昭和の初期に作られたと思われる古い建物はお洒落に改装されていて、部屋の中は静かな時間が流れていた。いつまでも居座りたくなるような空間だった。
 東海大の最終週は、近くの三保園ホテルの露天風呂につかってきた。バスでちょっと行ったところにある湯だが、駅とは反対方向なのであまり行く機会がない。今回訪れたのもたぶん一年ぶりである。海に近い温泉らしく塩泉で、上がった後いつまでも体がポカポカしていた。
 常葉大の最終週は、東静岡にある「柚木の郷」という温泉へ行ってきた。大学を後にしたころ雨風が強まり、温泉の建物にたどりつく前に傘の骨を折られてしまったが、雨のせいか客は少なく、ゆったりとくつろぐことができた。ここを訪れるのは初めてだったけれど、面白かったのは源泉かけ流しの浴槽が「立ち湯」だったことである。「下半身への水圧によるマッサージ効果」を謳っていたが、本当のところは混雑対策であろう。源泉かけ流しの浴槽はどうしても客が集中してしまう。しかし立ち湯ならばそうも長湯はできないからである。
 こうして三つの大学とも試験が終わったが、その後は採点作業が待っている。今回は40~50人のクラスが三つもあったので結構大変だった。それもやっと終わり、一段落ついたのが先週の金曜日。土日は研究の仕事をこなし、週明けの昨日、大井川の川根温泉へ出かけてきた。
 ここの温泉は、大井川の中流域の比較的大きな町である家山から、ちょっと先へ行ったところにある。その家山に梅林があると聞き、今回はそこも訪れてみることにした。ウェブで検索してみると2月8日開園だったが、今年は梅の咲くのが早いから、すでに十分に咲いているはずである。
 JR島田駅に着き、バスに乗る前に観光案内所へ立ち寄ったところ、その日は係員が不在。併設されているバスの窓口で観光協会の電話番号を教えてもらい、そちらへ電話してみることにした。
 温泉行のバスに乗り込みながら慌ただしく電話をしたところ、「開園は2月8日からです」という返事だった。「閉鎖されていて入れないんですか?」と訊くと、「入れません」との答えだった。仕方ないのであきらめて温泉だけに行くことにした。
 バスに乗って10分くらい経ったころ、「川根温泉ふれあいの泉は、本日は休館となっています。」との車内アナウンスが……。びっくりして運転手に確かめると「発車前にもちゃんとアナウンスしたんですがね」と当惑気味である。梅園には入れない、温泉も休館、どうも踏んだり蹴ったりである。このまま行っても仕方ないので、途中で下りて帰ろうと思っていたところ、前に座っていたおばさんが「すぐ隣にホテルがあるからそこで入ればいいのよ。料金は変わらないし、お湯も同じかけ流しだから悪くないわよ。」と教えてくれた。たしかにそうであった。私も以前に一回だけ行ったことがあるが、露天風呂が小さめだったので、その後は行かずじまいになっていたのだった。
 バスが家山駅に近づいたころ、なんと道端に「家山梅園はこちら」という立て看板があるではないか!もしも閉鎖されているのなら、こんな看板は立てないはずである。おそらく観光協会の人は、ウェブで調べた結果を機械的に伝えたのだろう。家山駅前のバス停で下車し、梅園へ足を運んでみることにした。
 梅園は町のはずれにあった。途中で道を尋ねたところ普通に教えてくれたので、どうやら問題なく入れそうである。バス通りを外れて林の中の道へ入り、ちょっと坂道を上ったところに入り口があった。明るい南斜面に開けた梅園で、大井川と家山の街並みをのぞむ絶好のロケーションである。ちょうど花も見ごろを迎えており、むせ返るような香りの中で、お酒をちびりちびりやりながら小半時を過ごしてきた。梅園そのものの規模は小さめだったが、私以外に客はなく、山ごと一つの空間を独り占めした形だった。梅を見たというよりは何か不思議な夢の中を通ってきたような気分だった。
 その後列車に乗って川根温泉ホテルへ。「ふれあいの泉」が休みなので混んでいるかと思ったが、そうでもなかった。お風呂は内湯が源泉かけ流しで、露天風呂は人工の炭酸風呂である。サウナと水風呂もある。かけ流しと炭酸風呂に交互につかったが、この組み合わせが結構効く(体にくる)感じだった。お酒が回っているのと前夜の寝不足も相まって、あやうく湯船の中で昏睡してしまいそうになった。


美しい家山梅園の光景


あれが家山の町、あの光るのが大井川


川根温泉ホテルのラウンジ。窓の向こうには大井川鉄道の橋が見える。