断想さまざま

山村浩(哲学・大学非常勤講師・藤枝市在住・宇久村宏=ペンネーム)の日々の断想です。

8月28日(バート・ラガーツ~チェレリーナ その1)

 昨夏のヨーロッパの旅行記を中断させてしまっているが、記事自体はあと数日で帰国というところまで来ている。当初は、去年の帰国後にすぐ書き上げてしまうつもりだったのだが、すでに一年(!)が経とうとしている。簡単なメモ書きがあるので、それを頼りに記憶をたぐり寄せるという作業なのだが、さすがに一年前ともなると海馬の守備範囲を超えつつある。しかしここまで来たので、なるべく早目に仕上げてしまおう。
 午前九時、バート・ラガーツのホテルを出発。クール駅行きの列車に乗って、15分ほどでクールに到着。ここで乗り換え、いよいよ待望のレーティッシュ鉄道に乗ることになる。クールからトゥージスを経てサン・モリッツに至る路線は、レーティッシュ鉄道の中でもアルブラ線と呼ばれており、サン・モリッツからイタリアのティラーノへ至るベルニナ線と合わせて、スイス有数の観光路線となっている。急行と普通列車があるが、所要時間がほとんど変わらないのと、私の場合、ふらっと途中下車してしまう可能性もあるので、普通列車に乗ることに決めていた。
 10時ちょっと前に乗車。早くも暑さが兆している。が、クールの標高が海抜600メートルで、サン・モリッツが1800メートルだから、向うへ着けばかなり涼しくなるはずだ。
 車内にトイレが見つからなくてうろうろしていると、車掌が通りかかった。トイレはどこかと訊ねると、古い車両でトイレは付いていないという。が、トイレ付きの新しい車両も連結されているらしく、そこまで案内してくれた。
 トゥージスを過ぎたころから、車窓はいよいよ絶景を繰り広げだした。目もくらむような深い峡谷があるかと思えば、スイスらしい広々とした谷の風景が広がったりする。眺めは刻々と変化し、そのたびに私は子供のように左右の車窓を行き来した。ボックスの向かいには一人の老人が座っていたのだが、彼は、そんな私を見て仕舞いには笑い出し、次はどっちの車窓がいいよ、などと私に教えてくれたりした。
 12時前にチェレリーナ駅に到着。ここに今夜のホテルを取ってあるので、荷物を置いてからサン・モリッツへ出ることにした。相変わらず暑い。すでに標高はサン・モリッツとほとんど変わらないはずなのに、大気の中にしつこい熱がこもっている。
 ホテルはすぐに見つかった。扉が開いていたのでそのまま入って行ったが、誰もいない。大声で呼んでも出てこない。がらんとして人の気配が全くなかった。仕方ないので置手紙と一緒に荷物を置いていこうとしたら、ふいに女の人がドアから入って来た。宿の人ではないが、ここの主人の知り合いで、近所に住んでいるのだという。事情を話し、事務室の中に手紙と荷物を置いて外へ出た。



車窓風景。もはやどのあたりかも覚えていない(笑)