断想さまざま

山村浩(哲学・大学非常勤講師・藤枝市在住・宇久村宏=ペンネーム)の日々の断想です。

フライブルクにて

 夏の旅行記の続きである。以前にも書いたように、フライブルクでの話はエピソード的なものを紹介するにとどめ、先を急ぐことにしたい。
 フライブルクに到着した翌日から、さっそく研修が始まった。はじめに与えられた課題は、二人一組のペアで街を歩き、与えられた課題についての情報を集めるというものであった。私のパートナーは北アフリカチュニジア出身の女性だった。
 ここへ来る前にフィレンツェで、夏の盛りの街路を薄っぺらなスニーカーで歩き回ったせいで足を痛めてしまっていた。スイスでは足を気遣いながらのトレッキングだったが、その後、インターラーケンからフライブルクへ来る途中にベルンで街歩きをしたとき、山歩きとは違う疲れが体に残っているのをはっきりと感じた。できればこれ以上の街歩きは避けたいところだった。私は彼女にこう提案した。
「この課題はちょっと大変すぎる。今すごく疲れているから、正直、街歩きはあまりしたくない。適当なところで区切って、あとはできなかったということにして提出しよう。」
 彼女は「ありえない」といった顔で私を見つめてこう言った。
「あなた、本当に日本人なの?日本人ならどうしてそんな怠けたことを言うわけ?」
「それじゃあ誰かに答えを見せてもらって、それを写して出せばいい。」
「……あなた教師なの?それとも生徒なの?……もういいい!私が一人でやるから。」
 そう言って課題用紙を私から取り上げてしまった。
 同じ日の夕方近く、部屋のベッドで寝ころんで本を読んでいるとドアをノックされた。起き上がって出ると別の研修仲間だった。例の課題の件だが、あまりに大変だから皆で手分けしてやろうということになったらしい。五時に寮の前に集合なので来てくれということだった。それもすっぽかしてその日は部屋でゆっくり休養を取った。(いちおう自己弁護をしておくと、単にさぼったのではなくて次の日以降の研修に備えてそうしたのである。)翌日授業に出ると、彼女は私に「日本人のイメージが変わった」とむっとした顔で言った。(あとから聞いたことだが、彼女は故国で日本人ビジネスマンの「ロボットのような」働きぶりを見てきており、彼らを「別の惑星から来た生き物のように」感じていたらしい。)
 それからしばらくの間、彼女に「調子はどう?」と訊かれると、私は笑いながら「すごく疲れているよ」と答えることにしていた。ある時、彼女と私、それからもう一人日本から来たSさんという女性の三人でいたのだが、彼女がSさんに向かって
「この男は本当に日本人なの?日本人のくせに、なんでこんなにいつも疲れた疲れたと言っているわけ?」
 するとSさんが
「日本人は勤勉で働いてばかりいるから、いつも疲れているのよ。」
 などと妙なフォローをしてくれたので、吹き出しそうになってしまった。
 それからまたしばらくして、研修仲間で遠出をするということがあった。途中、チケットを買うときに彼女はみんなの分をまとめ買いしてくれた。立て替えた分を清算する段になって、私は小銭が足りないのに気付いた。彼女に「おつりをちょうだい」といってお札を渡すと、「ちょっと待って!」といってカバンの中でごそごそやりだした。「はい」といって彼女が手渡してきたのは、手のひらいっぱいの大量の小銭だった。思わず「Scheiße!(くそっ!)」と口走ってしまった。すると彼女は大声で笑い出し、「ヒロシにScheißeって言わせたわよ!」と大喜びで仲間に触れて回った。そのはしゃぎっぷりがまるで子供のようだったので、私もつられて大笑いしてしまった。